
これまで二回にわたってお伝えしてきましたブライダル経営研究会6月例会のダイジェストですが、今回が最終回となります。
第三講座の内容を基に、未来を創造するための「原理原則経営」の深化について解説させていただきます。本講座のゲスト講師は、写真館・フォトスタジオ業界で約30年のキャリアを持つコンサルタント、井口章が務めました。長年の経験から導き出された、業界の変遷と今後の展望についてお伝えしてまいります。
経営の羅針盤となる「自流適応経営」とは
かつてのブライダル業界は、結婚組数の増加とともに成長を続け、比較的安定した市場でした。しかし、近年、特にコロナ禍を経て、市場環境は大きく変化しています。このような時代において、過去の成功体験に固執するだけでは、持続的な成長は望めません。そこで重要となるのが、市場の変化に自ら適応していく「自流適応経営」という考え方です。
「自流適応経営」とは、単に流行を追いかけることではありません。自社の強みや特性を深く理解し、それらを活かしながら、変わりゆく市場のニーズに柔軟に対応していく戦略的アプローチを指します。具体的には、市場の「自流」を読み解き、それに対応するための「原理原則」に基づいた経営を実践していくことが求められます。
まずは業界界隈の流れを整理してみましょう。例えば、写真館・フォトスタジオ業界において、下記のようなライフサイクルで市場が変化してきました。
2002年~2005年(導入期):この時期は、市場に新しいサービスやコンセプトが導入され、認知度が向上するフェーズです。
2006年~2009年(成長期):市場が拡大し、多くのプレイヤーが参入する時期です。従来の記念写真を「節目で撮る」という文化から、「日常の延長線上で気軽に楽しむ」というカジュアルな写真撮影のニーズが生まれ、市場が大きく成長しました。
2010年~2014年(成熟期):競争が激化し、サービスや価格競争が進む時期です。この頃、写真館ではディズニーキャラクターとの撮影をはじめ、よりシチュエーションに特化した背景での撮影(例:シンデレラ風の階段での撮影)など、体験価値を高めるための差別化戦略が打ち出されました。
2015年~2019年(展開期):成熟した市場の中で、新たな成長の機会を模索する時期です。この頃、フリーのフォトグラファーと顧客をマッチングするプラットフォームが台頭し始め、より手軽でパーソナルな写真撮影の需要が増加しました。また、マタニティフォトやニューボーンフォトなど、より専門的な分野への展開も活発になりました。一方で上品で洗練された写真を撮る「エレガンス」なテイストが流行しました。
2020年~2025年(安定期):市場が安定し、定着化が進む時期です。コロナ禍においては、県をまたぐ移動が制限されたこともあり、結婚式の費用が記念写真に回されるなど、一部で業績が好調な時期もありました。一方で、行動制限が解除され、消費者の購買行動が多様化すると、市場が縮小し始める傾向も見られます。
時流の予兆を知る
写真館・フォトスタジオのこれまでのライフサイクルをさらに深堀して分析すると、おおよそ6年周期で「エレガンス」と「カジュアル」のテイストが変化しており、それぞれのサイクルの真ん中あたりに、次の自流の兆候が現れているのです。
2006年頃には、韓国系のライフスタジオが日本に進出し、手軽な日常の記録としての写真文化が広がり始めました。これは、フォーマルな写真撮影とは異なる「カジュアル」なテイストの予兆と言えるでしょう。
2015年頃からは、フリーのフォトグラファーとのマッチングサイトが台頭し、結婚式の前撮りや子供の七五三など、より日常に寄り添った撮影が「手軽」に楽しめるようになりました。これもまた「カジュアル」の傾向を強める動きでした。
そして、2020年以降は、まさに「カジュアル」な写真が市場を席巻しています。スマートフォンでの写真撮影が当たり前になり、SNSでのシェアが日常化したことで、写真に対する価値観が「特別」なものから「日常」へと変化しているのです。
フォトウェディングにおいても、結婚式のようなフォーマルな撮影だけでなく、日常の延長線上にある自然体で居心地の良い「カジュアル」な撮影が重視されるようになってきています。
この時流のサイクルから予測すると、2026年以降のフォトウェディング市場は、再び「エレガンス」へと回帰する可能性が高いと考えられます。しかし、これは単なる過去の繰り返しではありません。これまでの「カジュアル」な要素を取り込みつつ、より洗練された、新しい意味での「エレガンス」が求められるでしょう。例えば、屋外でのロケーション撮影や、個性を活かしたテーマ性のある撮影など、カジュアルな要素を組み合わせた上質な「エレガンス」が主流となるはずです。
新郎新婦の価値観が変える、フォトウェディングに求められる体験価値
1.短期的な時流に適応する「専門化」の追求
フォトウェディング事業において、顧客に選ばれるためには、まず特定のジャンルに特化し、その分野で圧倒的な技術力と顧客満足度を追求することが不可欠です。中途半端なサービスでは顧客の心をつかむことはできません。例えば、特定のテイスト(例:ナチュラル、ドラマチック、ユニークなど)や撮影スタイル(例:ロケーション専門、スタジオ背景特化など)に「尖る」ことで、その分野での高い専門性が際立ち、顧客を惹きつける強力な力となります。
2.中長期的な市場縮小への対応と戦略的拡張
しかしながら、市場全体が縮小していくという中長期的な時流を考えると、単一の専門性だけでは限界があります。特定の顧客層に強く支持されても、その市場セグメント自体が小さくなれば、やがては成長の壁に直面するでしょう。
そこで求められるのが、これまでに培った高い専門性を土台としつつ、隣接する専門領域を戦略的に拡張していくことです。複数の専門性を高めたサービスを組み合わせることで、顧客の多様なニーズに対応し、より強固なビジネスモデルを構築します。これは、準備から当日、そしてその後のライフイベントまで、一貫して高品質なサービスを提供することを可能にし、顧客との長期的な関係性を築く上でも極めて有効な戦略となります。
以下、具体的な取り組み例です。
・技術属性の強化
撮影や写真セレクトの精度向上、高度な撮影・ヘアメイク技術者の育成、技術者派遣による教育事業など。
・顧客属性に合わせた事業づくり
婚礼衣装レンタルやエステ、動画撮影・制作など、フォトウェディングの体験価値を高める新たな周辺事業の開発。
フォトウェディングスタジオの生存戦略
市場を縮小する中では、これまでのように単一のビジネスモデルでは立ち行かなくなります。しかし、だからといって悲観する必要はありません。今ある「本業」をさらに磨き上げ、そこに新しい「自流適応」の視点を取り入れることで、新たな成長の道を切り拓くことは可能です。
そして、そのために必要なのは、今日のコラムでご紹介した「自流適応経営」です。過去の延長線上に未来はなく、未来のために今をどう準備し、変化していくか。この両輪をぶらさずに取り組むことが、これからのブライダル業界で生き残るための道だと確信しております。
最後までお読みいただきありがとうございました。